ダン・ゲーブルが達成できなかったゴール
私の日記より。
ダン・ゲーブルは、州、全米、世界チャンピオンになる、オリンピックで金メダルをとる、そしてNCAA、全米代表チーム、オリンピックチームのコーチになるというゴールをすべて達成しました。
でも、ゲーブルは、自分で決めた中で
一番大きなゴールを達成できませんでした。
そのゴールとは、
倒れるまで突き進むこと。
オリンピックで金メダルをとることよりも大きな、このゴール。
つまり、ゲーブルは、
「ゴールを達成するために自分は持てるものすべてを出し切った。
ゴールを現実のものにするためにできることは、もう何もない」
と考える時の「限界」がどこなのか、どこまでがんばれば
「倒れるまでがんばった」と言えるのかわからなかったので、
「このゴールを達成できた」と言えなかったのです。
私たちの中に、ゴールを実現するために、
肉体的にも精神的にも、持てるものすべてを
出し切りたいと思っている人は何人いるでしょう。
あなたはその一人ですか?
マット・フューリー
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肉体的、精神的な可能性を最大限に引き出す方法を 知りたい人はこれを試してみて下さい。 |
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http://www.drmaltz.jp/mlt/mlt_letter.php?mag=Psycho20100128MT |
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16件のコメント
世界中に、何人おられるのでしょう?
そして、その方々が力を合わせれば、どのようなことができるのでしょう?
私は見てみたい・・・。そんな世界を・・・。地球上に・・・。
もちろん、その仲間の中に私も入りたい。
「人」とは、なかなか死ぬものではない。倒れることはできても死ぬことはなかなかできない。
でも、「死」というものは簡単にやってきたりもする。
ならば、その瞬間に後悔しないよう生きればよい。
そんなふうに考えて、日々を過ごしています。
経験の中から見つけたこと・・・。「生」の意味。自分なりの意味を見つけ出せた時、ほんとうのマイロードを進むことができるのではないでしょうか。
「怪しい光」、「謎めく影」・・・。
これはいったい何なのでしょう?
たぶん、メダリストやトップアーティストの方々は、その謎めいた部分をお持ちのはず。
でなければ、素晴らしい結果を手に入れられないのだから。
けれど、それを表に出さない。これらをマイナスにとる人もおられるから。
社会から弾き飛ばされないための防御としても、表に出さない。
では、マットさんはなぜ表に出されたのか・・・。
それは、本当に知りたい人達に伝えたかったから・・・?。
「心を開いた人のみに与えられるもの。それは、それに反応した勇気ある人の心の部屋へのパスポート」
ではないのでしょうか?
この内容が、宗教的と言うなら、私と母との会話はそうと言えます。
でも、私と母は、何かに属することが最も嫌い。
・・・ん~~難しい・・・?????
書いていて、わけが分からなくなってしまいました。
ただの独り言です。(独り言は書いてはいけませんね。申し訳ありません。)
坂本竜馬だっか、「死ぬ時は、たとえどぶの中で死んでも前のめりになって死にたい」と言っていたそうです。
倒れるまでがんばる……考えても、できそうもないですけどね。
ただ、そういった意気込みがないとやっぱりいろいろと難しいものがありますよね
いつも読んでいます。
ありがとうございます。
歌詞に「疲れを知らない子供のように(古)」って、ありましたよね。
そんな、夢中になる、目標・好きなるまで遣りぬくこと。
等を意識 無く、今、出来ることを、確実にして、今日まで暮らせた現実だけが有ります。そしてこれから先も・・・。
でも、「これだけは」と言えるものを身につけたい。この頃です。
「倒れるまで突き進むこと」は燃え尽きて白い灰になるジョーと一緒で、人が憬れる生き方のイメージの一つで、スポーツで体を極限まで追い込んだ練習をした後に感じる、脳内アドレナリンによる達成感や陶酔感と関係しているように思います。これとは対照的に、以前読んだ松下幸之助さんの本では、若いとき肺尖カタルとなり、医者から不治の病と言われたこともあり、無理をせずに他人に仕事を任せながらやっていたら、50歳を超えて体調が良くなった、というようなことを書いていたと思います。倒れるまで頑張ることも尊い生き方ですが、無理をせずに一つのことを続けていくことも尊い生き方だと思います。大事なのは、持っている情熱の量・熱さ、だと思います。
物事は1日で達成できるものはありませんので、倒れるまでやると言うのはどうかと考えます。
肉体も同じです。
鍛えることにより、少しずく成長してやがては今まで出来なかったことができるようになると思います。
あまり深刻に考えずに、心に少し余裕も持った方が良い方向に進むのでは
ないでしょうか。
倒れるまでがんばること。
私にとっては永遠のテーマです。
これにより大きなことを達成できる、という人もいれば、
死ねばなんにもならない、という人もいます。
私は個人的には後者の立場をとっています。
それを証明するために前者の人たちに負けてはいけない、
といつも思います。
私なりの解釈ですが。
徹夜・休みなし・ぶっ続けで肉体を酷使すること
によって、肉体的に限界が必ずくる。
しかし、精神的な限界は無い。
ダンケーブルさんは、精神的限界だと思っているものは
すべて幻で、精神的限界など無い。
自分で作りだした精神的限界に遭遇すると、更に高みへと到達する。
常に高い目標を設定して、物事に取り組むと
最終的には、大きい目標を達成できる。
と私なりに解釈しました。
精神的な限界を作らないように日々精進します。
ありがとうございます。
今日の達成できなかったゴールは
自分自身のゴールです。
ということは、
ちょっと、ずれるかもしれないけど、
自分の経験からですが、
期限きて、結果を出さなくてはならない事態に、
当然、自分の時間のコントロールは完璧ではありません。
しかし、ここなんです。
今の自分のなすべきことに、価値観を
大きくもつことで、無駄ではない考えになるんです。
そうすると、もっと具体的にれを出すと、
試験対策が、中途で臨まなくてはならない事態が
起きて、そこで、考えたんです。
望むものは、合格。
ならば、今までの勉強したところが出ればいいわけです。
あとは、やったとこだけが、でることを願いました。
そして、その試験には最高の自分の在り方と
ほめられるかです。
やったじゃないか、と、感じる、これが、ゴールだと思います。
結局、願ったとおりに、やったところが85%でたんですが。
今まで、自分に出しきったと感じないで
事を運んだときは、やっぱり結果もついてこなかったです。
自分が認めたゴールといえる戦いを感じて
臨んだ結果は最終的にどこかで、真実に一致すると
考えます。
根性論:ウィキペディアでの解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%B9%E6%80%A7%E8%AB%96
自分を限界まで追い込んだその先には次のステージ(すばらしい景色)が見えるという考え方があり、それには賛同ですが・・・
謎めいてます。
マット・フューリーはコーチを超えて教祖になりたいのか?
#そういうのってキライじゃないけど
こういった謎めいた、捉えどころのない情報発信に惑わされてはいけない
とモルツ博士の本になかったけ??
現在、30歳ですが23歳の時にフルで仕事精を出していました。
寝る時間を惜しんで…。
結果、9日間の入院生活でした。
病名は髄膜炎です。
一歩遅いと脳炎になっていたよ・・・と先生には言われました。
そんなこともあり、現在ではそこそこ無理はしますが23歳の時のような無理はしないようにしています。
ですが、23歳の時に倒れはしましたが、それだけ夢中になって物事をやっていたということに関しては、後の仕事に非常に自信になりました。
今回のメールで、過去の自分を思い出しました。
過去の自分と現在の自分、はたしてどちらが『もてるもの全て』を投入しているか
考えさせられる良い機会でした。
有難う御座いました。
ないですね
なぜか倒れないで立っています。
昔1回だけ無理して倒れたことがありますが・・
ゴールがあらわれたらその1人になるかもしれません。
おはようございます。いつもワクワクするようなメッセージありがとうございます。持っているものすべて出し切ったという経験が私にはないです。いつも、このくらいでいいかなとか、目標も出来るだけ低く設定してたことに気付きました。今日から、少しすこしづつ行動にうつしたいと思います。
私は、如何に何をしようとも、理論上の力の出し方はほぼゼロになることがわかっています。
力を出し切るなんて、永遠に来ない…
はい!はい!
勿論その一人です!!
その為に自分を痛めるぐらいの努力を毎日して
明日へ明日へと繋いでいく
昨日よりも今日スキルアップして、明日に未来にバトンタッチ
心と体のメカニズムが自分の中で解明され溶解していく快感
ゴールを実現するために
心も身体も持てるもの全てを出しきる
まず人を動かす前に
自分を動かす!自分の心を動かす!!身体を動かす!!
自分の思い通りに心も身体も動いていく実感
心と身体の深い場所で実感・継続・そして揺るがせないために
デイリーインスピレーションがあると思っています